Thursday, December 24, 2020

小説練習「カツ太」


*これはフィクションです。実際の事件、人物、団体には一切関係ありません。


 日照りがひどく、コンクリートの上に死んだミミズが散乱している7月。俺はビール缶を飲みながらコンビニへ向かっていた。

40代になったが職歴はついに二ヶ月でやめた書店のバイトだけになってしまった。俺の同世代はきっと結婚して子供がいる。負け組だ。

誰が勝ち負けを決めるか、そういうのは主観だって漫画にかいてたが、そういうわりきりをできる強いやつってのはほんの少数で、やはり人は人と比べずにはおれない生き物だ。TVとかでも、成功した社長とか芸能人とか学者とか、みんな俺なんかよりずっと年下。俺はプライドだけは高かった。

まだ20代の時は、まだ俺には才能とか余裕とか潜在性があると思っていた。女にはもてなかったが、俺はギターをやっていていつかミュージシャンとして花咲くんだ、と仲間のバンド仲間とよく飲み屋で語らったが、全員適当なところで社会人として妥協して..... くだらねえやつらだなって思った。

ミキオ、は作詞作曲全般をになってて、ボーカルだった。はじめにバンドにはいったのはミキオに憧れてたのは正直ある。モテるっていう不純な動機をプンプン臭わせながら、アートへの真摯な拘りっつうか、信仰心すら捨てなかったそういうやつのスタイルに、俺は心底惚れた。


「いつかビッグになる」


合言葉だった。事実、俺らはローカルのメディアに取材とかもされたことがある。サンクラだって、再生数900は行った。


だが、お互い30歳前半くらいになって、一人ずつメンバーが抜けていった。みんな、大卒の賢いお坊ちゃんで、まあ安全牌として大手に就職、まあコロナで一斉解雇になったカツ太はざまあみろと思って、それを飲みの席でおれが毒ずいてぶちまけた。


「お前は無職だろ。無職がなにほざいてんだよ」


「お前らは無職になれなかったんだろ?俺は無職じゃねえよ、アーティストなんだ。自分を貫いてる。覚悟があるんだよ。」


メンバー全員の顔に侮蔑の表情が浮かび上がるのをおれはリアルタイムで感じ取った、そして、余計に怒りの感情がヒートアップした俺は、一人一人の弱点をまさぐっていたぶってやろうと思った。


「カツ太お前の彼女AVに出てたんだってなあ。」


ははっ顔が引きつってやがる。


「よく付き合えるよな!」


相手の女をダシにマウントとって、相手を引き摺り落とし、自身の優越性を確認する....

俺のこういう習性はまわりから疎まれる原因になっていた。


俺はお前なんかよりすごい。


俺はお前なんかより優れている。


「で?」


「はは、強がってる強がってる。で?じゃねえよ。恥ずかしくねえの?」


カツ太の表情の変化を一ミリも見逃すまいと顔を粘着質に眺めていた。


「恥ずかしいのはお前じゃねぇの?お前は強い言葉で自分を武装しているつもりかもしんないけど、脆弱性を強い言葉で隠してるだけだろ。お前いくつになったよ?32だぜ。32で自分一人で生活もできない、親元も離れられない、家に金も入れられない。」


「お前の言葉はただインパクトが強いだけの価値のない言葉だ。なぜなら、お前自身に価値がないからなんだよ。自分自身に価値がないと、人間は他人を下げたり貶めるために言葉が特化するんだ、だから汚物による汚物見たいな言葉しか生まれない。」


汚物だと....? カツ太のくせに!!!!


俺はそのとき頭に血が上って我を忘れ、手近にあったビール瓶を手にとってテーブルの角に叩きつけた。


俺はひるむカツ太の顔をじろじろ見ながら懸命に優越感を取り戻そうとしていたが、失敗したようだ。


俺の足は惨めにも、小刻みに震えていた。


なぜ俺がここまで虚栄の塊になってしまったのか。


なぜ俺が32歳まで仕事をしてこなかったのか。


俺はプライドが高かった、子供の頃から、自分が一番じゃないと気が済まなかったんだ。そのくせ、社会にとけこんだり友達を作るという力に乏しかった。


俺がいっていた高校はいわゆる進学校だったが、やはりそういう場所にも不良とか意地の悪いやつというのはいるもので、俺はいじめられていた。


いじめは、本当に吐き気がするくらいつらかった。


結局、バンド仲間とは本当の意味で心を打ち解け合う関係じゃなかったんだ、結局、あのときのいじめのフラッシュバックがあるから、俺が弱みをみせることで俺が搾取されること、これを俺はなによりも恐れていた。


それは、思考そのものとして恐れるというよりも、脊髄が、皮膚が拒絶反応を起こす。


そして、俺は嘘で自分を塗り固めることを覚えた。


実際、それは結構有効だった。


言葉ヅラで、相手をこき下ろして強がれば、俺は相手よりも優位に立つことができた。


マウントの取り方も上手になった、友好的な顔をして梯子外したり、あと俺がネチっこいことを知らしめようとした。


そうやってついに40歳になった。


アーティストになる努力。


俺は自分はいつかアーティストになれると思っていた、それはおそらくは、10代に特有の自分という認識主体こそが本質であり、世界の中心であって、俺は必ず誰にもない才能を秘めたダイヤの原石であること。


そして、仕事をするとか、社会人になるっていうのは負けだと思っていた。そういうのは負けたやつのやることだ。社会の歯車になって、ストレスに適応して、そうやってつまんない人生をループしていくつまんないやつら。


そして、老後の人生って....


老後に何かやって何が意味あるんだよ。


俺はああいうやつらになりたくない.........


そして、ついに俺の父親が他界した。持ち家はなく、母親は介護施設にいくことになり、俺は行き場所を失った。


野宿ははじめ相当きつかった。認めたくはなかったが、段ボールをスーパーから拝借して、公園の隅で寝るようになった。


こういう毎日が続いた。風呂には入らなくなり、どんどん体から異臭がでてくるようになったのか、近所ではちょっとした有名人になった。


ある日、カツ太が嫁さんと歩いているのをみかけた。


可愛い10代の女の子もいた。ああ、娘か。


嫁さんはすごい綺麗だった。俺がかつてバカにした、AVの。


カツ太は本業では貿易関連の仕事をしていたが、YouTuberとしても活躍していて、年収は億超えたとか。


俺は憤りに燃えた。


こいつから、一番大事なものを奪ってやりたい。


そうだ!!!!!


俺は昔ゴミ箱を漁った時に手に入れた出刃包丁をおもむろに取り出し(もともと護身用だった)、10代の女の子に向かって突進していった。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」



そこからの記憶は覚えていない。


気づくと、留置場で目が覚めた。


鼻の骨が折れ、鼻の形自体がすごいことになっていた。


あとで聞いた話では、カツ太はボクシングを10年ほどやっていたらしく、ほぼ一発KOだったらしい。


俺は拘置所の片隅で、ずっと唱えていた。


「俺はアーティストだ!」


と。


でもよく考えてみた.... が、俺は曲を一曲も作っていない!!!!!!

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