Saturday, July 14, 2018

プエルトリコのおっちゃんの話

プエルトリコに出張に行った際、一人でアルゼンチン系レストランに入った。


プエルトリコ、日本から15時間くらいトータルでかかるので心身共に疲れていたが、海岸とかは壮大で見応えがあるのと、ちょっと南米っぽい(大体みんなスペイン語喋るけど、大体ブルーカラー含めてバイリンガル)しいたるところグラフィティな感じが面白かった。

で、レストランの話に戻るんだけど、おっちゃん、ちょくちょく話しかけてきて、僕がちょっと突っ込んだ世間話とかし出すといい気になったのか、自分もアルゼンチンビール(正式な名前忘れた)を注いで隣の席に座り、乾杯をして飲みだした。

そして、6歳?の息子の写真を見せて息子自慢をしたり、30歳年下の嫁(本人が75なので45歳)の自慢をし始めた。

なんかすごいな。。。。

結果面白かったのでよかった。飯はそんなにうまくなかった。

というより、プエルトリコの飯はお世辞にもうまいと言えたもんではない。基本サンドイッチが主流だけど(サンドイッチって言っても日本でいうハンバーガーをさらに油塗りたくった感じ)本当にまずい。

しかも遠慮なくほとんどのメニューに油まみれのポテトがついてくる。

あと、トイレはとにかく壊れやすい。

日本のトイレみたいな使い方をすると間違いなく詰まるので要注意だ。(それで会社のトイレとAirbnb宿泊先のトイレを壊した)




子供への誘拐や、殺人を防ぐために、大人が意識しないとまずいこと

おそらく自明であろうと思われるけれど、見落としがちな事実について。

まず、僕が再三これまで主張してきた通り、子供の安全の担保にもっとIT技術を使える時代になった。子供の体に何をつけさせて、どうやって子供の位置や状態を把握し、すぐにトラッキング、地域で対応するか、については過去の記事で述べたし、漫画でも書いたので参照されたし。

もう一つ、大事な観点として、子供への誘拐や殺人は古今東西大昔からあった「らしい」、ということだ。

というのは、子供の「遊び」である。

「遊び」はエンタメ、なのではなく、遊びにはかなりシリアスで、かつ合目的な理由が存在している。

例えば「鬼ごっこ」。鬼、とは子供に危害を加えたり、さらった(すなわちそういう卑劣なことをした)大人のことである

この出来事を受けて、子供たちは(なのか大人たちが、なのかはわからんけど)その「鬼=怖い大人」 のロールプレイングをして、加害者から「逃げる」という訓練を「遊び」で身につけようとした。だから「鬼ごっこ」をしない子供は「超危険」なのである。

 また、「隠れんぼ」。身体能力で大人にかなわない子供が、大人の暴力から自身を守るため、「隠れる」という技術を、遊びにおいて取得する。

「後ろの正面だあれ」。背後の気配を察知する。

「ダルマさんが転んだ」。大人が注意をそらしている時だけ移動し、大人がこちらを向いたら静止する。(夜とかに有効?)

今の大人に問いたい。おたくのお子さんは、こういった古典的な遊びを近所の子供達とやっているか?

「ゲーム」ばかりやっていないか?

実は子供向けの遊びが「古典的なアナログ」から「電子機器」にシフトしたマズさというか怖さというのは、子供が時間コスト社会コストをかけてやる「子供の護身訓練」が、奪われてしまっているということだ。
(また、それ以外でも女の子からおままごとが奪われれば、多分少子化も進むだろうし婚姻率低下も増えるのでは?とか)

あくまで僕個人の見解であるが、これは本当に意識したほうが良い。 


もちろん僕としてはもう子供側だけの自主訓練(=遊び)だけでは追いつけず、HDスタートアップの話としてもうすでにどこかのベンチャーが手をつけないとおかしいものだと思うが、今だにそう言った話は耳に入ってこない。

ばかだなあ、と思う

遊びをなめちゃいけない。遊びは立派な、子供の仕事だ。

特に僕みたいな成人男性が一人死んでも社会はふつーに回って行くが、子供の命は何よりもかけがえがない。生きてるだけでありがとうだ。

子供は安全に生き延びること、危険から身を守ることがまず重要な最優先の仕事。
また、すくすくと成長し、必要な教育を得ることも大事な仕事。

なのだ。

アナログの遊びを侮るなかれ