Tuesday, June 19, 2018

独り言っておかしいのか、気持ち悪いのか、問題

昔性の喜びおじさんというのが話題になった。電車の中で独り言をいうおじさんを面白おかしく盗撮したものがSNS上でブームとなり、人気者になったというやつだ。結局、彼は殺されてしまった。

日本では、とりあえず「おかしなやつ」「精神疾患」というラベルを何でもかんでも貼ることで、対象を攻撃可能な(または社会的抹殺可能な)個体へとシフトさせ、彼への社会的な制裁の行為を正当化する、ということをやる。これは現代にも残る村社会の例のアレで、なんつうかアレだ。

天邪鬼というわけではないけど、僕の知りうる限り、独り言を言っている人は別に何一つおかしくはない。それを「おかしい」という文化があるからそれがおかしくなっているだけで、彼らは別に市民社会に危害を加えているわけではないし(わざと挑発してそれを待つとかはあるだろうけど)、ほとんどのそういう系の人は極めてただの人畜無害な人間だったりする。

事実、僕はサンディエゴに出張に行ったけど、そこでは普通にそういう独り言の人がかなりな確率で当たり前のように存在した。彼らが若者の集団から好奇の目で見られたり、嗤われたり、という光景は一切見ていない。

本題に入ろう。独り言はおかしいのか。結論からいうとおかしくはない。なぜなら、人間の統一された人格というのは統一された「仮象」をとっているだけであって実際はバラバラな部品の集まりである。

脳の割と中心部の部分は動物的な本能を司っている。右脳は、左脳は、別々の機能を負担しており、これらも実は別の人格である。武道とか格闘技とかで刷り込んだ動きとか組手、実戦の喧嘩とかの経験値が、実際暴力に巻き込まれた際発揮されるのは、それは独立した古脳の判断や動きである。職人が手を動かしてクラフトを作るとき、言語野なんて全く機能、関連してはいない。別の部品だからであり、別の部品ということは別の人格である。

もう少し卑近な例でいうと、あなたがブラインドタッチしながら怒りながら何かをタイピングしていたとする。そうするとタイピングしている知覚の部品と怒っているあなたの部品と言葉を出そうとしている部品は全部異なる。全部違うモジュールである。その中の一個が欠けてもあなたという人格自体はまだ生きている。わかるだろうか?


つまり、人間の脳は(精神は)複雑な複数のモジュールが連絡を取り合って統一したような仮象を持って運用されているだけであって、本来は一つではない。それぞれがそれぞれで独立しているのだ。

そして、このモジュール間のどこかの通路が壊れたり、一部のモジュールが機能しなくなると、それは外からは「変」な挙動として現れる。というだけにすぎない。

つまり、右目が失明した、というのと同様に、脳の中のモジュールの一つが欠損する、とか一時的に麻痺する、と人の挙動は「変」になって見える。でも右目を失明した人を好奇の目で見る人はいない。「頭おかしいやつ」を劣っていると認識する、また、準社会的な存在としてみなす、というのはそれ自体が「頭がよくない」。

自分の人格を複数にパーティションして、複数の仮想領域間でインタラクティヴに運用してみる、これはDockerみたいなことで、一つの人格の中で複数のプロセスを立ててそれを並列で(または並列な体で、CPUのプロセス実行はスケジューラとかいう技術でこれをやっている)動かす、ということは割とふつーなことだ。(で、それらがカーネルとかを共有するみたいに、言語野を交互に使いながら互いにコミュニケーションしあうというのは、極めて自然だと思われる)

漫画家とか作家なんかは当たり前のようにやっていることだ。僕の場合もやっている。「共産主義の日常」の場合、鬼頭ひろみは比較的保守の、気を張ってお姉さんタイプだけど実はちょっと線が細い、この子の脳みそのプロセスを立てて、外的な刺激に対してどのように反応し、感じ、行動し、判断するか、ということを運用する。つまりキャラは初めに最小限の前提条件だけ決めておいて、ストーリーを運用しながらその子が実装されていく。なっちもあいかもそうである。

なっちはなるべく精神年齢を下げ、子供でありながらおてんばで、閉塞感を破ろうとする。

また、身体的特徴(ひろみはチビ、なっちは外人)もその子の人格や出力に関わってくる。

このての感覚、(キャラクター)は、いってみれば「気持ち悪い壮大な独り言、一人会話」みたいなものだ。

落語だっていってみればそうだろう。デファクトになってしまえば日本人は手を叩いて盲信するが、そうでなければ、みんなと違えば、途端に「異常でダメなもの」扱いしてしまうきらいがあり、これは変わっていかないといけないんじゃないかなあと思う。

独り言はおかしくない。

まず自分が「一人である」という錯覚を捨てるべし。

キャラクターを作る人間はそこから複数の人格を並行運用するし、それがマジのOSのスイッチングになると多重人格になる。

人間ってもっと深くて面白いのだ。

市井の偏見で決めつけることに意味も価値もない。そうやってばかにされてきたものが、どんどん成功してるのが歴史じゃないか。

Monday, June 18, 2018

Saturday, June 16, 2018

Painted the GIF images




Her name is Natasha Pomyuskiv. A communist girl protagonist in my manga.
If you want English translation of my manga, i need your financial donation.

Thanks.

Kei


色ぬりめっっっっっっっっっちゃ しんどかったで