Thursday, May 6, 2021

「自分にどうしようもないものにこだわらない」

John Kaufman の Personal MBA (Penguin Books)をもう少しで読み終わる。

彼の本は全米でベストセラーになったが、経営とか起業、マーケティング、金というのを考える上で非常に勉強になることが多い。

https://personalmba.com/locus-of-control/

彼の本は彼がもともと個人サイトで公開していたものの寄せ集めなので、上記URLからでも読める。

Worrying about things you can’t influence or control is a waste of time and energy. One of the best things I’ve ever done was choose to stop paying attention to the news-99.9% of the information you’ll find in a newspaper or television newscast is completely outside of your Locus of Control. Instead of fruitlessly worrying about “what the world is coming to,” ignoring the news helps me spend more of my time doing what I can to actually make things better.

The better you’re able to separate what you can control from what you can’t, the happier and more productive you’ll be. Focus most of your energy on things that you can influence, and let everything else go.

自分が影響を与えたりコントロールできないものについて心を悩ませることは時間とエネルギーの浪費である。私がこれまでやってきた最良のことは、ニュースに注目をすることをやめた。99%の新聞やテレビで報道されている情報はあなたの制御できる対象(Locus of Control)ではない。「世界がどうなってしまうのか」に馬鹿みたいに心を悩ませるのではなくて、ニュースを無視することは私に自分が可能なことを行うことにもっと注力することを助け、そして結果をより良い形で出すことができた。」

あなたがコントロールできることとできないことをよりしっかり判別できれば、あなたはもっと幸福で生産的になる。自分のエネルギーをもっと自分が影響を与えられる物事に費やし、その他は捨てろ。」

という有難いお言葉である。


自分は何ができるか?


自分の両手にはなにがあるか?


自分がこれまで人生で積み上げてきたことは何か?


ここから先が、貧乏人と金持ちを分ける分水領になる。


貧乏人は、

「自分をわかってくれ、自分を見てくれ、自分の主張を聞いてくれ」

という自己満足で発信をする。


金持ちは、

「周り(ペルソナ)が何を求めているか、何を提供すると幸せになるか、どうしたら彼・彼女をハッピーにできるか」

という基準で自己発信する。


つまりシビアな話だが、よほど自分自身に社会的価値がある(若い美女とか、芸能人有名人とか)でない限り、まわりに価値を提供できていない、ファン層を獲得できていないというのは致命的と言わざるを得ない。


例えばラップを売る、として考えてみる。


ペルソナは?


おそらく90年代のヒップホップを聴いて育った年代(かっこいいラップがききたい)

若いフリースタイルダンジョンを聴いた世代


ラップは言葉なので、


どういう言葉を売るか? どういう言葉を発信するか?


がネックになるだろう。


人を幸せにする言葉?


自分がすっきりするための言葉?


答えとしては、人を幸せにする言葉である。


だから、そういう音楽が市場で勝つ。


市場というのは自由経済の民主主義では絶対的正義である。


内村鑑三でも、新渡戸稲造でも、多くの人間に時間や地域を超えて与えるものがあるから、それは「市場」というベクトルでみても価値がある。


自己満足に価値はない。


批判や、自分の思い・主張というのも、それの質が低ければ人は集まらない。


集まる人よりも、離れていく人の方が圧倒的に多くなる。


もちろんこれは突き放しているわけではなく、


質が低ければ、質をきちんと担保すればいい。


八百屋なのに、八百屋で便器売ってませんか?


コンサルなのに、お客さんの前に「これ、大人のおもちゃ、五千円!」とかいってませんか?


看板と発信のテーマはきちんとあっていますか?


自己満足では、ありませんか?


思い込みは、ありませんか?


こういうことができていないと、SNSもシリコンバレーに個人情報垂れ流しているだけになるので、やはり貧乏人の行動パターンです。


お金を得たければ、きちんと需要を把握し、人に必要とされるようなアウトプットを継続しましょう。


頑固に自分を貫くのは退化の兆候です。


健闘を祈る!













Tuesday, May 4, 2021

コミュニケーション能力について


コミュニケーション能力、というのは多くの人は自然と持ち合わせている。それはそもそも日常生活で集団生活をしていれば家族や友人など、いろいろな人間と関わることでときには衝突したりして、学んでいき、よりコミュニケーション能力が向上していく。

集団生活・対人関係において特に重要な要素は、

1. 他人は自分とは違うこと

2. 他人は自分の思い通りにならないこと

3. 他人が今何を考え、何を欲しているのか、について可能な限り正しく把握し、相手に必要な言葉を投げること

というわりと基礎の基礎になる。

だが、意外とこれ、できてないことが多い。私もたまにできなくなりコケて、慌てて舵を切り直すことがある。

例えばプログラミングについて。開発者は開発者の言語とか共通合意を持っているので開発者同士は同業者として、わりと話が通ずるとしてもそれをそのまま非開発者にいうのは愚かである。

自分がたとえ仮に「Haskell」の言語に興味があっても、それを知らない政治家先生にすらすら語ってもその時間には価値がない。

で、こういうことは「相手の感情を推し量る」「相手の気持ちを読み取る」「相手のニーズを読み取る」「そして、それに即して適切なアウトプットをする」

という、これがコミュニケーションの原理原則である。

もちろん一緒にいて時間や精神の浪費になる人間も一定数いるので、そういう人間とはどうにかして距離をおくべきだが、どちらにしろこれが基礎である。


「自分はこれが正しいと思っている!だから相手もこれを伝えれば喜ぶに違いない!」


というのは、申し訳ないが馬鹿である。

つまりコミュニケーションにもなってなければ、キャッチボールにもなってない。


対人関係101である。


また、これをさらに悪化されるのが


「これは、彼らが間違った情報に踊らされているからに違いない」

「これは、彼らが洗脳されているからだ」

「これは、悪による陰謀だ」


などと思い出したらもう末期で、だれももう止めることはできない。

つまり相手のことを考えず、自分の思いをぶつけているだけでそもそも会話にもキャッチボールにもなっていない。


考えてみてほしい。


顕◯会にどはまりしたおばちゃんがものすごい勢いでまくしたててきたら。


目が曇りませんか?


はっきりいって


「こいつ、やべーじゃん」


にしかならない。



それは「神」とか「神じゃない」とか、

「信仰」とか「信仰じゃない」とか、


そういう次元じゃなくて、


コミュニケーションの基礎で、


「世的」「世俗的」とかそういう話ではなく、それ以前の話で、


イエス・キリストでもクリアできていたと思うよ(でなきゃ他人がどんどん離れてくよ)



まあこれはあまり言いたくないが、


外野から見てると


どんどん悪化していってやべー状態になっている、


以外の所感がないです。


損してると思いますよ。


そして、世界を善と悪の二元論に簡単にわけがちなのは、それは主に自分のIQが低いから(それが本質的にそうなのか、後天的に何かの弾みにそうなってしまったのかは置いといて)であって、現実はそんなにシンプルではないですよ。

申し訳ないが、いつも問題を外にこさえて、自分の中に問題をみつけ、矯正するという過程がなかったのでトラブルから学ばなかった。

そしてほしいままに自分を神格化して、どんどん悪化していった。

僕がつまずいたのはそういうアスペと24時間一緒にすまなければいけないからで、人を変えたら、このつまずきはなおりました。

まあ、そういうことです。

いつも「こいつが悪い」、「こいつが悪い」、の繰り返しで、批判ばかりな気がします。

まわりの意見、素直に聞いたほうがいいと思うよ。

経済的なビジョン、欠落しすぎだと思うよ。(俺のクレカにも手を出そうとしたし)

政治的にどんどん極端になって、(しかも政治的影響力も発言力も皆無)、人生をどんどんハードモードにしてる気がする・・・









もう手遅れかな・・・・・


もっとキリスト教に、集中したほうがいいと思いますよ


自分の妄想や思い込みを「代弁した」神を信じるのではなくね。


P.S.

トランプは籍上はクリスチャンだけど、自分の美化したトランプを信じるのはどうかな。三人も嫁を取り替えて、兄をつねに侮辱し、兄の臨終に映画館にいっていたところのどこがクリスチャンなんだろうね・・・・ 共和党とかトランプとか、環境問題については「問題ねえ、知らねえ、どうにかなる」スタンスなので地球が滅亡するならトランプ連勝のほうがその道に近い。少ない(ないし偏った情報で)頭の中に作り上げた脳内美化トランプじゃなくて、現実をみろ。頭の中でつくりあげた「左派」じゃなくて、現実をみろ(吉本隆明の本一冊でも読んだ?


一次情報(英語)とってこれないと、ただのフェイクですよ


そして、あなたがフェイクフェイクとわめている新聞社やメディアの人間の9割以上が、あなたよりよくファクトチェックをしているし頭もいいです。


あきらめましょう。


認知症です。(キューバ危機の時も2000年も終末論を叫ぶバカはいました。あきらめましょう。あなたは・・・・です)


「しかし、わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。
悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。
あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。求める者には、だれにでも与えなさい。あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない。ルカによる福音書6章27~30 


聖書ちゃんとよんでます?


幻滅させんなよ。


上記イエスキリストの言葉は、「パン」からは程遠いものであり実践はかなり不可能といえる(例えば領土問題で譲歩などは命取りになる可能性があるだろう)、だから政治を語るならすくなくとも自分に罪が乗っかってることを自覚すべきなんだよ

「俺は本質的」「俺は正しいクリスチャン」「あいつらは左派で悪魔クリスチャン」・・・・


アスペまじでやべえっすよ


普通に人生詰むと思います。僕も正直がっかりしてます。😞(絶対治らないし、変わらないし、相手が悪いし、幼稚だし、アスペだし)


これまでの歴史でもっともまずかったのは、コミュニケーション能力だと思います。


もちろん、人間なのでいじめられたり、いやなこともあったり、ハブにされたりすることもあるでしょう。


でも、衝突とかがあったときに必ず「俺は神の代弁者」「はいお前悪魔」「俺は正しい」「俺に従え」みたいな内容の(すなわち自分がスッキリしたいための説教)になりがちになっていて、それがすごく嫌でした。


それってあなたの人間的な未熟度とか、自分勝手さとか、自分の思いと神様の言葉を混合したりする弱さとかであって、


そういうのを直していかないと、今後も同じトラブルが続出すると思いますよ。


トラブル起こして、またとらぶった相手の批判を「神の名の下に」繰り返して、


子供を裁き、Nさんを裁き、過去自分をいじめてた人を裁き、頭の中で作り上げた「左派」を裁き、


それってプロのやることですかね?


それでは伸びませんよ。


また、いいところや秀でた力があっても、全部上記のために台無しです。


ケーキに醤油ぶっかけてるようなものです。


教会のドアを叩く人たちの大半は、あなたの自己満足をきいたら回れ右だと思いますよ。


そして、大変申し訳ないがあなたの認識する世界情勢とか終末というのは、そのほぼ9割5分があなたの情報不足や、情報の質の低さに起因しています。
















Monday, May 3, 2021

若者は問題ないとか言ってたやつ誰だよ・・・・・


ウイルスが変異するってのはごくごく当たり前のことで、想定できたはず。

なのに、若者はどんどん外に出るべきとか言えるのってちょっと無知すぎるかな、と思う

withコロナは、ある意味でサバイバルの時代といえるし、対策を誤ると命取りになるんだ、ということだと思う

ただ外のせいにしてるのではダメで、政治や個々人の意識が、パンデミックが今後どうなるかの鍵を握る。

オリンピック? 論外

どんなときでも人を危険に晒すのは無知であり、無知とは決めつけである。

人のせいにせず、自分の問題として考えなければ、未来はない。

明日 Macbook Pro M1が届くんだけど



 楽しみすぎる・・・・・

開業前の準備扱いで経費で課税所得から差し引かれるし、いいことしかないやん・・・・

M1チップまじで楽しみだ・・・・

特に、僕の場合UnityとかLogic Pro、Final Cut Proとかガンガン今後使うんで、その場合にCPUが鳴るのがこれまでの Intel版CPUの課題だった。

例えばラップのPVとかをとるときに、ライム密度の高いラップを録る時に 動画も撮りたいし曲も録音したい・・・・みたいな形になったときにCPUがファンファンなるのは嫌じゃん?

なのでこれまでは他のプロセスを切る、みたいな面倒なことをしなければならなかったがそういうのからも自由になる。

バッテリー持ちも圧倒的に違う。

そしてなぜ Air じゃなくて Proか、というと内蔵マイクでほぼほぼ用たせるので(ポップブロックは必要だけど)これが決定的だった。

起業が間近に控えていて、ワクワクする。

自分で事業ができる。そして妻の人脈で、事業を助けてくれる(経営経験のある)仲間もジョインする。

おそらく20年まえでは鼻で笑われていたような、個人で稼ぐ時代。

ニコニコ動画で日記タグが隆盛を極めていた時、「顔出しは人生棒に振る」みたいななぞのルールがあり、誰もそれを疑わなかった。

ぼくりりも昔若干ネット経由で絡みがあったのだが、いちいちDJ小原?くんの僕DISのツイートにいいねしたり、「個人的に顔出しはバカがやるもの」みたいなこと言ってたけど、いやいやそれはお前の考え方が古いだけだろ・・・・というか


YouTubeで全部くつがえされた。


個人がメディアを持つ時代。


個人が戦える時代。


法人設立の要件で資本金0円からでもOKの時代。


まさに、僕らにとってとても素晴らしい時代になってきている。


それを後押しするのが、技術的な進歩だ。ネットの進歩、プラットフォームの進歩、最低限の自社サイトなどは設ける必要あるが、

メルカリあり、BASEあり、アマゾンあり、iTunesあり、インディーズが戦いやすい時代になった。


コロナになり、物理的なプレゼンスが差別化になりにくくなった。


あとはSEOくらいか。


とにかく、希望に溢れている。


まあ当面は個人事業主で月単価 50-80万稼ぎ、可処分時間で会社のことをやる。

協力者が何人かいるので、彼女らにも頑張ってもらう!!!!!



楽しみだぜ!!!!!!







Sunday, May 2, 2021

自分と同じ意見の人だけをフォローするのは危険!?【非常識に生きる】


僕らの1000倍以上国に税金納めてるし国に貢献してる人の言葉だからなあ・・・・

頭のいい人、結果を出す人の考え方のエッセンスが詰まっている気がする

Saturday, May 1, 2021

飯能市、ムーミンバレーパーク(mesta)にいって思ったこと

飯能市のムーミンバレーパーク(mesta)に嫁と一緒に行ってきた。

結論、とっても楽しかった!

ノリとしては鼠〜ランドみたいなキャラをテーマにしたテーマパークなわけだが、自然豊かで湖を見渡すことができ、あたり一面綺麗な緑や花で心癒される。

また、ムーミンをテーマにした木製のへんな建物も、非日常を体験できておもしろい。

また、温泉が併設してあったりちょっと遊べるトランポリンがあったり、いろいろ。

入場料は大人一人2500円なので二人で5000円・・・・う〜ん、割高?とも思ったが鼠〜ランドと比べればはるかに良心的なのでよいかな、と。

そこで、ムーミンの着ぐるみをきたムーミンキャラたちが踊ったり歌ったり・・・・というイベントがあった。

ここで大きく感動した。

そこでの内容は「自由」という内容で、フリーランス転身間近な私の心に響いたというのもあるが、

ようは、エンターテインメントの基礎の基礎が、そのムーミンダンスには詰まっていたのだ。

それは、

エンターテインメントとは、お客さんをハッピーにさせること

ということだ!!!!

って!当たり前やんけアホか!と思うかもしれないが、

これがとてつもなく重要なことだ。つまりビジネスとしてそうだし、エンターテインメントとしてそうである。

特にインディーズでアーティストをやりたい、漫画描きたい、音楽で飯食いたい、ウェブアプリで一発当てたい・・・・

そういったwanna beがいまいち感触がよくないとしたら、それはじぶんの作っているものがお客さんをハッピーにしないからだ。

「自分の言いたいこと」

「自分の主張したいメッセージ」

「自分のファンタジー」

みたいなものは、それ自体はあってもいいものだが、ただ、それは必ずお客さんを「ハッピー」にするものでなくてはならない。

つまり、お客さんに共感を与えたり、お客さんに非日常に浸ってもらったり、お客さんを涙させたり、お客さんを感動させたり・・・・

そう、お客さんを感動させること。

ディズニーランドも、ムーミン村も、

そこをきちんと押さえられている。


夢を与えること。


さて、その基礎の基礎、「人をハッピーにすること」


を私はできていただろうか。


誰かに対しての恨み言、ただの自己主張、奇を衒っただけのもの、

なにかしら、ファンがいつまでも増えないプロダクトは、お客さんを「ハッピー」にしない。


これは、ラップにしてもそうだし、漫画にしてもそうだし、それ以外にも言える。


それから、お客さんに「分かりやすいか」「分かりにくいか」


身内の、ないし自分だけにわかる言葉で話していれば、それは誰の心にも響かない。

それは誰にも届かない。


エンターテインメントは、「人をハッピー」にするものでなければならない。


これを、改めて突きつけられたような気がした。