Thursday, December 2, 2021

結婚について

 某堀●●文氏が、自身のホリ●●ンチャンネルにて言及された

「結婚も時間制限のついた契約にしたほうがいい」

という発言について、個人的に思ったことを書こうと思う。

もちろん個人的に堀江氏はリスペクトしているし、この記事は人の発言を裁断して揶揄したり貶める意図(すなわち少なくない日本メディアの使ったり拡散する「発言」の定義ではない)ではなく、純粋に命題そのものに興味を持ったので個人の感想をシェアすることが目的である。

私個人としての反応は、

5割は言語道断だし、5割は正論である

である。

まず、5割言語道断だという点について、そもそもこれは堀江氏のもつ強いバイアスがかかっている。ご本人は離婚でのよくない経験が根底としてあり、だらだらと中途半端な相互不信が続くのであれば、いっそのこと契約にしてお互いがお互いを切りやすい(フリーランス化?)すればいいというふうに理解した。

ただ、これは結婚のもつ本来の意義には合致していない。結婚というのは、原義としては種族を増やしていくためのはじめの通過儀礼であり、

(1) 異性を愛し

(2) 子供を愛し

(3) 世代を継承していく

という重要な役割がある。これはどちらかというと人間の実存のもんだいであって、これに資本主義のノリ、株を売買したり損切りしたりするようなノリ、を持ち込むことは歪んでいると感じる。

結局、結婚をより相互的に(時間的に)疎結合にするならば、それは強い言い方を選べば、「売春」と変わらないのであって、時間と共に(市場原理として)無価値化していく自分が最後には世界から(意味としても)取り残されていくことを意味する。

(1) を疎結合にするということは、必然的に(2)も疎結合ということになる。つまり親子関係も市場原理の対象であり、親は子供をパフォーマンスで評価する。これは堀江氏が意図したこととは全く異なるが、ただ、(1)を疎にする場合の社会が必然的にもたらす方向は、(2)や(3)にも同様のスタンスが適応されることだと考える。

ただ、家族というのは「資本主義」とか「自由競争」とは確実に切り離されたDMZ(Demilitarized zone)であって、家族の中の時間は、パフォーマンスとか、コミットとかそういうものとは隔絶された時間であり、それが一番自然で正しい状態だと思う。つまり、厳しい評価や淘汰にさらされる競争社会とは別の、ゆったりした、家に帰ってこっそりとあけてほくそ笑む宝石箱のような、そういう空間が「家庭」の本来の(歴史的にみても)姿である。(そしてこれは内向きなので、外向きのトロフィー・ワイフとは一切相いれない)

この定義を逸脱したような時間で切り離されうる、お互いに緊張感をもたなくてはならないような男女間は、それはただの売春関係であって、女はつねに見た目が劣化してはいけないし、男はつねに経済的に落ち込んではいけない。それはお互いにとって「契約解除を意味するからである・・・」。それは条件付きの愛、メリットを提供する間継続される愛であり、それはもはや愛ではない。

なので、愛に失敗した人間にとってはきわめて理にかなった考えではあるけれど、大多数の人間はそんなものクソとしか思わんし、そんなの結婚じゃなくね?というのが感想である。

もちろん、愛に失敗することの繰り返しが人間の実存の本質でもあるので、それを揶揄する意味ではないが、しかし「結婚」という制度自体を陳腐化させて市場原理のおもちゃにする・・・というのはやはり違和感があるし、紀州のドンファンみたいな最後はちょっとやだな・・・・と

そして、病をもった配偶者や子供というのは、あまりにもコスパが悪いので、大切な家族のために自分の臓器を提供する・・・みたいな行為も、まったく意味不明なことになるだろう。

エゴと市場原理をつきつめた先にあるのは、もはや結婚でも家族でもない。それは「機能しない」家族である。(dysfunctional family)

ただ、これだけだとあまりにも不公平なので、

残り5割は正論だと思う。

というのは上記の記述はきわめて保守的な考え方であり、あまりにも一方的だからだ。

結婚のあるべき姿をかかげたとしても、近年の高い離婚率(や未婚率)は現実にそぐっていない、という見方が可能である。

日本では事実離婚率は、終戦後2倍近くにまで推移している

これは、この「結婚はこうあるべき!愛の形!じゃじゃーん!」的な理想像と現実との乖離を意味し、

一つは男女平等が進んだことと思われるが、それは逆に言えば

「これまでの結婚という制度のもとで、より女性が長期的に人権を抑圧されてきた」

ということを意味することでもある。

つまり、社会制度として結婚があり、男は男であるというだけで特権をもち、女性に忍耐を強いる構図であった。だから、そういう社会的な不平等とかよくないよね、

恋愛は自由市場よりもどちらかというと親が決める、的な(ないし例えばある発展途上国の農村部では人身売買など)・・・

男がいばりちらして女の忍耐に甘える・・・

そういうのではなく、男も「評価される側だよね」

というのは、かなり21世紀の現実に即しているというか、そういう意味では堀江さんの言っていることはかなり的を得ている・・・・

と思いました。

結論

個人的に、「有期期間の契約」に結婚がシフトするっていうことはないと思いますし、それは結婚でよくない思いをした人たちのもつ願望レベルの滑稽さを超えないと思いますが、女性が離婚しにくい・・・とか離婚してこどもいたら詰む・・・みたいなことを社会全体で解消して、より男が女性の忍耐に「甘えられなくなる」社会になることはいいことだと思うので、半分賛成、半分反対です。以上!

※この記事は個人の主観と偏見に基づくものであり、特定の価値観を押し付けるものではありません。

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