Tuesday, August 16, 2022

小説「ヤクザ」

 ※これはフィクションです。


俺が合図をしたら必ずトリガーを引け。

これは鉄則。鉄の掟。失敗は許されない。

暴対法が施行されて以来俺たち反社への締め付けは厳しくなったが、それでもなお、俺達は俺達であることを捨てなかった。

賓辞組と世界組の抗争は1980年前半に遡り、もともとは賓辞組の親分が彈かれたことが直接的な原因だった。

鉄砲玉。

まだ19の坊やだ。名前は久方という。母親は生まれてすぐに蒸発したらしい。不運な話だ。

不運。幼少期の不運。

世間では俺たちをクズ扱いするが、俺たちには俺たちの道理が有る。

社会の底辺が這いつくばって苦しんでいるのに、中産階級様が偉そうにご講釈たれたところでそんなものは偽善以下、ただのギャグだ。

だいたい俺たちの素行は貧困に端を発している。

学歴もない、社会に居場所のない俺たちがいきつくのは暴走族かヤクザだ。

暴力。

それだけは、それを受けるにしろ行使するにしろ「生きる実感」が唯一感じられた。

暗闇の中に発火する一条の光。

そうやって、俺たちはこの道を選んだだろ?

和彫りは、連帯の証。「もう戻れない、俺たちは兄弟分」

お前もそうやってきただろ?

棚橋はシャブ食ってから廃人同然になっちまった、ああなるともうおしまいだ、人間じゃない、人間の形をした土の中に溶けた動物が蠢いている、グロテスクだ。

結局俺たちは鉄砲玉だ。

久方の坊やにヤキを入れて、結局殺しちまったんだけど(俺のせいではない、唐沢が加減を知らなかったのであいつがとどめを刺す形になった)

今は俺たちの番だ。

俺は厳密に言えば「サブ」だが、(実行役は石川)それでも責任として言い逃れはできない。

懲役を喰らえば軽く20年は行くだろう、家族ごと殺せっていう命令だったから。

親分の怨恨。

それを叶えるための道具。

出世は撒き餌。

もし刑期を終えて組がなかったら?

今なら普通にありえる、割に合わねえ。

もちろん殺すことに躊躇はない、そういう「人間を」「人間と知覚する」「ラインを超えない」「人間らしさ」はとっくに捨てた。

捨てるべき環境にいたし、捨てなければヤクザはやれない。

3・・・2・・・1・・・

ターゲットである世界組のナンバー2西野が撃たれた。でも耳をかすめたみたいだ。

そして家族はいない。

おそらく嗅ぎつけた?

西野は拳銃を携帯していたらしく、銃撃の応戦になった。

石川は脳天に二発、食らった。

俺は急いでその場を逃げた。

暴力はいい。

暴力は一番ストレートなコミュニケーションで、つまり殺すか殺されるか・・・っていうそういうシンプルかつ実存的な・・・・

一番「可触的」なものだろ・・・

だから俺はこの組に入った。エンコするときも、恐怖よりも安心が勝ったんだ。



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