吉田くんは工場で働いている、彼は平凡な、そのくせ平均以下の年収世帯の次男として生まれた。吉田くんは不良と一般層の中間層みたいなやつでケンカ好きというよりは小狡いタイプだった、体力ないけどうまく回していて、自分に被害が出ないポジション。
彼の1日は寮での朝早い起床から始まる、近くのスーパーで夕方からの半額で購入したカツを頬張り、雑魚寝からトラックへ。いつも現場は変わるので、どういうエキスパートかっていうのは聞いたことがない。目脂を乱暴に拭うと眉間にホリエモンみたいな不快なシワを寄せ、行き場のない怒りを持て余していた。
吉田くんにはヨウちゃんっていう彼女がいて、本人曰く友人の紹介らしいけど僕は吉田くんがいつも出会い系みたいなのにハマっていたのを知っているのでただの見栄なんじゃ、と思う。ヨウちゃんは女性にしてはいかつく、色気というよりも狂気を感じた。
「俺はヨウはマジだから。本当にマジ。」
僕は幼馴染の彼のまっすぐな訴えかけるような眼差しをみて、どうリアクションとっていいかわからなかったけど、でも自分に言い聞かせたかったんじゃないかな。ヨウちゃんは狂気しかなかったし、僕のタイプじゃなかったけど、僕はヨウちゃんを誘惑した。
方法はとても簡単で、細かいことに気づいてあげて、気づいたことをさりげなく伝えてあげる。はじめ余韻は残さずに、恐怖心や猜疑心を与えずに、小さな共感の錯覚を積み重ねる。
これはゲームだ。
ヨウちゃんのような子は吉田くんと付き合う、言ってみれば、吉田くんは確かに男気はあるがガサツで、人の心を理解することはほぼない、ほぼないというかない、そしてコミュニケーションが混線すると大声で怒鳴りだす。怒鳴るのは楽だ、思い通りにならないときに訴求力がある、しかし当然女の子には傷がつくのだ。傷がついても付き合い続けるのは惰性であり、見えない楔であり、漆黒であり、その漆黒を望むのは自己承認に障害を生じたからなんだけど、その隙間をハックして遊ぶのは僕の数少ない娯楽の一つだった。
ヨウちゃんと僕は不定期でプライベートの逢瀬を重ねた。その逢瀬は吉田くんにバレることとなる、なぜなら、それはヨウちゃんによって吉田くんにカミングアウトされたからだ。
めんどくせえ。
僕は、危機を察知するのが人一倍早かったから、無責任と言われようといの一番に逃亡した。それは前科であり、かつ功績だった。そのほうが合理的だし、合理的に動けないやつの嫉妬が、炎上でしょ。倫理とか道徳とか、それは嫉妬した奴らが相互監視するために拵えた規範とかいう幻想で、それは本当は霧のように頼りなく、実際は存在すらしない。
僕は吉田くんに刺された。大きめの出刃包丁をカバンに隠し持っていたらしい、腹筋には自信なく、大腸やその他らしき贓物が情けなく迸った。
僕は死んだ。物体と化した僕は物理的な死を得てもなお数分の意識があることに感動を覚えたが、そのまま安らかな眠りについた。
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