Sunday, January 22, 2023

小説「パブリック」

 ※これはフィクションです


恨みつらみ。

大衆はつねにそうだ。

そういう恨言を・・・またまた大衆酒場でするんだな。よしくんは。

よしくんと僕の関係は長い。外資でバリバリ働いていた僕らは同期の仲で、お互いにお互いの心中をある程度察している、阿吽の呼吸の友だ。

外資は実力主義だから・・・といっても、実力主義が、いいんだよ。

いわゆる金持ちインフルエンサーがネットやSNSで喧伝してるのって自分のためじゃん。金持ちのくせに格差がどうのとか、いかにも愚かな貧乏人に媚び売って、でも結局は自分が得したいために世論を誘導してるんでしょ。

しょうもない、馬鹿を騙して利益を得る。これがネットビジネス。情報商材だよ。

僕はそうやってくだをまいて、またよしに絡んでいた。これでいいんだ。僕らエリートは、帝大をでてからとくに紆余曲折もなく生きてきたんだから。

「焼酎熱燗でお願い」

店員になれたようなタメ口でオーダーするよしくんを、僕は憧れている。

だいたいの政治的な話や・・・宗教でもイデオロギーでもいいけど、そういう話はタブーだから。そういう話をおいそれと出すやつはバカだ、まあ人間性に問題があるよ、得意げに自分の興味ある・・・というかてめえしか興味のない話を延々と繰り返して周りに煙たがられる・・・

でも「同一性」「均質性」を前提とした社会は終わったわけじゃん。

「そうやって、お前だって政治の話するだろ笑」

「だって・・・あんまりな気がしない?」

「何が?」

「SNSだよ」

「SNSなんてやるメリットなんてあんのか?俺は使わないけど。個人をブランディングするのはフリーランスとか事業者ならそうかもだけど、俺らみたいに大きな船に乗ってる身分で・・・特にメリットはなくないか?むしろ、個人を公に晒すことはリスクにならないか?」

「妬みって意味で?」

「そう」。

よしと僕の波長があうのはこういうところだ。普段、他のやつとなら引かれるかさむがられるかするような話題であってもよしとなら噛み合う。そういうところが、こいつと長くつるんでいる理由でもある。

「うん・・・でも逆に個人に対した実力がなくても、企業の名前をアカウント名とかに振りかざしてれば錯覚資産でフォロワーが増えたりしない?」

「それはあるかもな」

「うん。揶揄的に言ったけど、僕自身もそういうものは十二分に活用しようと思ってさ」

「で、同一性均質性がどうしたんだよ」

よしが卵焼きを頼みながら聞いてきた。

「あるインフルエンサーがさ、今後は公が中心になるんだ、個人のやりたいことは陳腐化するんだって」

「悪意のあるまとめ方だな。コンテクストがあるんだろ」

「あるとは思うよ。誰だって個人の利益の追求のために水銀を川に流しちゃいけないことは知ってる。個人の利益の追求のためにベトナム人研修生を時給三百円で雇うことも」

「なら答えは出てるじゃん?」

「うん。だから公益資本主義とかとリンクするんだろ」

「SDGsとも」

僕は少しイライラしてきた(これはトピックに対してであって、よしに対してではない」

「でも、僕らがパブリックを標榜するとき、それはなんの土台に対してだい?」

これはずっと僕が思っていたことだ。「公」とか「倫理」とか、お前ら日本人は宗教を棄て・・・というか宗教なんて正月は初詣に行って結婚式は教会で・・・みたいな、きわめて宗教に「不真面目」かつ「軽薄」ないいとこ取り、つまみ食い、つまりはどのような「定言命法」にもコミットしていない。

バックグラウンドがない。

そう、背骨がないじゃないか。

「教育勅語に戻るのかい?ならば公には十分な意味がある。」

「極論だな。」よしが冷笑する

「戦中みたいなイデオロギー的な軸・・・それがたとえカルト的であったとしても、結局公っていうのはなんらかの宗教だ、パブリックそのものが宗教だ・・・そして明治以降そういうものを天皇という形で表象して僕らは一つにまとまった、そして国はイデオロギーをその胎に宿した」

「うん。」

「でもなんだい。村上春樹的な、今の現代的な国語を使うぼくたちは・・・そもそも言語自体を含めて<個人主義的に>カスタマイズされている。だから僕らは個人主義的に生きるしかない」

「なんで?」

「なぜなら個人主義の対偶は社会主義だからだ。で、そしたらその社会には上位の概念が必要だ、形而上的な概念が。それは何か?神だろ。神に相当する「何か」が必要だ。なんでそれがWeb3に傾倒してるSNSのよくわからんインフルエンサーなんだ。ばっかじゃねえの、って。」

「いいじゃん、個人の意見なんだから。そもそもそうやってお前は毒づくけど、お前そのインフルエンサーとお前の社会的信用値どっちが上なんだよ?」

「そうだな。でもやっぱり気に入らないんだよね。価値観の予言ブーム。メリトクラシーをこきおろして、じゃあ更地にしましょうっててめえがまず自分の資産を全部慈善団体に寄付してから言えよこの偽善者がって言いたくなるじゃん、だからただのプロパガンダだろっていう」

「まあ言い方はどうかと思うしお前のそういう強い言葉に縋る性格あんまり好きじゃないけど、まあプロパガンダ、ではあるよな」

よしは僕のこの一度頭に血が登ると我を忘れる愚かな性格を知っていた。ただし、かといってまったく的外れな考えでもないこともわかっていたはずだ。

「メリトクラシーの対偶は怠慢だよ。力への意思を放棄したやつらのディストピアをアイン・ランドは「アトラス・なんたら」で書いたろ。そこには無責任・堕落・退化が待っているだけだ。そして、社会はどんどん不合理に、煩雑に、遅延していき、イノベーションの芽は積まれていく。そして俺たち日本人が「メリトクラシークソだね」っていって、まあ薄っぺらいなんの根拠も思想も説得性もないインフルエンサーの思いつき的な(whimsical)発想で社会を運用・・・仮初にもしたら、待っているのは日本が没落して、でも中国とかアメリカはそのまんま実力主義でどんどん国を発展させていってるっていう20年後の未来だよ。だから本当に意味がない」

「どうだろう。ドメインが違うんじゃないか?」

「ドメインって?」

「結局きみが噛み付いてんのはおそらくは当初意図されたものではないかもしれないってこと」

「・・・・」

「例えばだけど、金持ちの子供はいい大学にいけて、親が酒飲みだとはじめから進路は決まってる、みたいなのもお前はありだと思うか?」

「そうは思わんけど」

「であればやっぱりその人の言ってることはあながち間違いではないだろ。そして、一部の特権階級がいて、その他が苦しむという構図はだめだよね、というのはもうすでに日本の制度として組み込まれている、だから金が尽きたらホームレスで死ね、それが自己責任だ・・・とか、お前は能力がない女だから体売ってなんとかしろ、もお前のロジックだとありにならないか?」

「え?でもそのためにもうすでに社会は累進課税とか・・・他の国と比べても相当な社会保険料とか税金とかとってるだろ」

「それだけで・・・おそらく回ってない側面もあるんじゃないか?それから、恐らくAIの台頭とAIが相当な速度で俺たちの仕事を陳腐化するっていうことだ」

「なるほど」

「AI主導ってこと。お前はさっき日本の思想がとかバックボーンがっていう揶揄をしたけど、それだってお前は別に伝統的な日本の思想についてそこまできちんと勉強したわけではないし、それに哲学っていう範疇で言えば哲学は常に科学とともに相関的な発展をしてきた。哲学は、科学に引きずられる形で動いていく。科学は世界を多く設計したし、思想はその後追いをするんだ。だからかの悪名高いアウシュビッツですら、エニグマとか人体実験の科学とかに関連してるだろ。AIは社会を変える。ほぼゲームチェンジャーみたいなもので、やっぱりインパクトは無視できないだろう。すると個人の能力値とかスキルみたいなもの、つまり労働とむすびついていた個人の栄光みたいなものが陳腐化され0に収束する。すると個人が労働の主体とか行為の主体としての意味が・・・社会集合体として意味が薄くなる。」

「つまり?」

「そうするとマルクスが定義したように、個人というのは代替可能な類的存在になっていく、自然に対してそうなっていく、すると僕らは昆虫のようになっていくほうが自然になるかもしれないってことだ」

「う〜ん」

「何?」

「なんかワールドカップで日本代表に手に汗握る一般人みたいな感じで、どちらかというと自分の力や属性とは1ミリも関係のないAIっていう抽象概念に自分を重ねて人類を俯瞰しようっていう・・・いじめられっ子みたいな発想だな」

お互いに酒が入っていたからかもしれない。

よしは昔から空手をやっていて、いじめは受けたことはないらしい。

僕はずっといじめられていて、虫を食べさせられたこともある。

昨日は上司の靴を舐めて、涙ながらに土下座して謝罪したところだ

「すみませんでした!!!!!!どどどどどうか首にしないでください!!!!!」


ちなみに、10歳年下の女上司でした・・・・・

※これはフィクションです



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